今も昔も…フィリピン舞台作品に浮かび上がる人間愛

フィリピンのマニラでロケ取材したのは映画「海燕ジョーの奇跡」の撮影だから34年前ということになる。

 藤田敏八監督、時任三郎主演。佐木隆三氏の原作は、沖縄のヤクザがフィリピンに逃亡する物語だったので、観光スポットとは趣を異にする地帯に同行した。

 マニラ市北方のスラム街、スモーキー・マウンテンと呼ばれるゴミ投棄場から立ち上る煙や特有の匂い以外にも忘れられない体験をした。撮影現場を離れる必要があって、1人でタクシーに乗ったときのことだ。

 ルームミラーで目を合わせながら、運転手が指でタバコをはさむようなしぐさをして「いるか?」と聞く。マリフアナという意味だろう。かなりブロークンな英語だったと記憶する。「NO!」というと今度は指を妙な形にして同じことを聞いた。女性のことである。再び「NO!」というと、最後は自分を指さした。目付きが少し変わったように見え、おまけに真顔だったので、断るのが申し訳ない気さえした。売れるものは何でも売る。運転手に後ろめたさが感じられないのも一種の驚きだった。

 長谷井宏紀監督の「ブランカとギター弾き DVD アンダーハーマウス DVD 」(29日公開)の根底にはこのタクシー運転手と同じ感覚がある。

 窃盗や物乞いをしながら路上で暮らす少女ブランカは、街行く母娘を憧れの目で追っている。お金をためて「お母さんを買いたい」と思い立つ。盲目のギター弾きが路上で小銭を稼ぐ様子を見て、彼と組んでの「巡業」を思い付く。

 道中、ギター弾きの温かさに触れ、歌の才能も見いだされる。自分が歌うことで稼げることを知る。彼との間には金で買うことのできない絆が芽生えて…。

 ユーチューブで披露した歌でブランカ役に選ばれたサイデル・カブテロは12歳。アンダーハーマウス DVD 実際に路上でギターを弾いていたピーター・ミラリは完成後に急逝した。

 ともに長谷井監督がこだわり抜いたキャストであり、寄り添うようなカメラが心情をそのまま映して胸を打つ。薄汚れているはずの街のカラフルな色彩が不思議なほど美しい。

 字面で追えば「軽蔑」の対象になりそうな冒頭エピソードのタクシー運転手に妙に心を打たれたことを思い出す。

 そのフィリピンで昨年就任したドゥテルテ大統領は、麻薬犯罪撲滅のために強権を発動し「処刑人」とも呼ばれているしあわせな人生の選択 DVD 。はたから見ればむちゃな政策がなぜ高い支持率を得るのか。昨年のカンヌ映画祭でジャクリン・ホセが主演女優賞を得た「ローサは密告された」(29日公開)で描かれる混沌にその理由が垣間見える。

 中年女性のローサはダウンタウンの小さな売店を切り盛りしながら、3人の子どもを育て、薬物中毒の夫を支えている。ひそかに麻薬売買にも手を染めているが、それは需給バランスの大きな流れの中にひっそり埋もれている。オクジャ DVD フィリピン都市部では、「ブランカ-」よりやや上の階層にスポットが当てられていると思えばいい。

 それなりに回っているかに見えた日常は、突然の警察の手入れとローサの逮捕で一変する。痲薬ルートの下流から密告されたのだ。慣れ親しんだ街の中を連行される様子はネオンの薄明かりに悲しく映るが、警察署内の妙な明るさで空気が一変する。

 出入りがやたらに多く、警察官と容疑者の区別が付きにくい。まともな取り調べは行われず、ワイロと引き換えの釈放を提案される。求められた金額がそろえられないことが分かると、痲薬ルート上流の人間を密告するように要求される。そちらの方が高額なワイロが期待できるというわけだ。

 署内でも部門間の容疑者やワイロの奪い合いが日常化しており、一般にイメージされる「腐敗」という言葉にくくられるレベルではない。

 異様な世界だが、警察内の「ルール」が分かった時点からサバイバル劇としての一面が見えてくる。弱者にしわ寄せがいく仕組みはどの世界にも通じる部分であり、最後は家族愛に収束してほっとさせられる。

 フィリピンを舞台にした2作品からは、すさんでいるからこそ深い人間愛が浮かび上がる。